
土曜の昼、学校から帰るとお腹が空いていて、家の中には食べ物の匂いが漂っている——そんな空気を覚えている人なら、北川桂が自分のキッチンを語るときの口ぶりがきっとわかるはずだ。「昭和っぽい?よく言われます。木をたくさん使っているからかもしれません。あの色や質感、手触りの温かさが好きなんです」。彼女は「北川ベーカリー」の主宰者で、店舗は構えず、パンは自宅と契約店、マルシェでのみ販売している。南部小麦を使い、卵も乳製品も使わないレシピだ。


この工房の前身は、築50年を超える平屋だった。改装を手がけたのは建築家の井田耕市。「カモシカ」「foodmood」など、木造の古民家をリノベーションした店舗設計を数多く手がけてきた人物だ。北川桂がリフォームに際して出した要望はただ一つ。「使い勝手が良ければそれでいいけれど、古い家の味わいだけは壊さないでほしい」。

床材には安価なラワン材を使い、クリア塗装のみを施した。無垢材のようなしっかりとした硬さはなく、裸足で歩くとむしろ柔らかい。ここは彼女が生地をこね、粉まみれになることも多い場所だ。「濡れ布巾でいつでも拭き掃除できる。この手入れのしやすさが気に入っています」。


故郷・会津から一つひとつ買い集めた竹細工やあけびのつる編みのかごには、食器や麻布、野菜、乾物をしまう。おかげでキッチンには民藝の老舗のような雰囲気が漂うが、そちら一色に振り切ってはいない。ハーマンのガスコンロやステンレスの作業台の存在が、全体を凛とした印象に引き戻す。二つの質感は対照的に見えて、実は同じ一つのことを指し示している——懐かしさと、確かさだ。北川桂はこれを「北川ベーカリー」のパンそのものの姿だと語る。

自然光をたっぷり取り込む大きな窓、格子ガラスの入った古い建具には、昭和の面影がそのまま残されている。キッチンのモザイクタイルの壁は爽やかなグリーンに塗られていて、これは夫の手によるもの——彼はパン作りの道における彼女の先輩でもある。ここは彼女と娘・葉ちゃんが普段おしゃべりをする場所でもあり、三人家族の日常は、この粉まみれの作業台を囲んで営まれている。






