92人が詰めかけた「経営について語る会」という講座。冒頭、杉窪章匡氏はこう問いかけた。「経営を先に学んでから独立開業した人はいますか?」会場からの挙手はゼロ。代々木公園「365日」を一から作り上げ、数多くのベーカリーの規模拡大を手がけてきたこの職人は、続けて自身の理論を投げかけた。経営モデルの数は、「技術×個性」の組み合わせの数と同じだ、と。彼が言いたいのは、既存のビジネスモデルに当てはめろということではなく、逆に自分自身の個性をビジネスモデルにせよ、ということだった。

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

6月1日、新麦Collection主催で開かれたこの勉強会では、二つの店が事例として取り上げられた。東京・笹塚の「ドゥイスト」と、東京・西大井の「テンパーニュ」。まさに正反対の道を歩む二店だ。

川原司氏と陳麗珍氏:湯種を海外輸出可能なビジネスに

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

「ドゥイスト」(dough-ist、生地師)という店名自体が、技術と個性の融合を体現している。シェフの川原司氏は「湯種の魔術師」と呼ばれ、店の食パン、ドーナツ、バゲット、田舎パン、スコーン、クロワッサンからライ麦パンまで、すべてを湯種製法で貫いている。湯種とは、小麦粉の一部を熱湯で捏ねてデンプンを糊化させてから本生地に混ぜ込む技法で、加水率を高めながらもちもちとした食感と甘みを引き出し、時間が経っても硬くなりにくい。川原氏は麹町「No.4」のシェフ時代、それまで補助的な役割にすぎなかった湯種の配合比率を高め、水分量を調整することで、独自の生地の質感を組み立て直した。

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

もう一人の鍵となる人物が、経営を担う陳麗珍氏だ。彼女は中国で複数のベーカリーを共同経営していたが、2019年、新たな可能性を求めて来日した。「中国のパン文化はまだ成長段階で、何を作っても売れる。でも私は、もっと美味しいパンが必ずあるはずだと分かっていた」と彼女は語る。東京で川原司氏や、セテュヌ・ボン・ニデーのシェフ・有形泰輔氏ら若手職人の作品に触れた彼女は、この「日本発の新製法」にアジア市場への輸出の可能性があると確信。1年かけて川原氏を説得し、2024年に二人で店をオープンさせた。

川原司氏が製造、陳麗珍氏が経営を担当し、役割分担は明確だ。川原氏には国内外から講習の依頼が絶えないため、店では製造工程を数値化し、経験の異なるスタッフでも安定して品質を再現できるようにしている。20坪の店舗のうち、17坪が厨房、売場はわずか3坪——この比率自体が、この店が技術継承の拠点としての性格を強く持っていることを物語っている。現在正社員は8人(川原氏を含め製造部門6人、販売1人、加えて陳氏)、アルバイト7人の計15人。ウェブサイトのトップページには「パンとともに、成長する力」と掲げられ、ロゴには種子のイラストが使われている。SNSではあえてスタッフの顔を出すようにしており、「シェフの陰に隠れさせたくない」という思いがある。

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

白井康平氏:一人、二拠点、家賃ゼロというミニマルな答え

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

「テンパーニュ」が歩むのは、まったく正反対の道だ。店主の白井康平氏は、長野県佐久市(祖母の家)と東京・西大井(自身の実家)の二拠点を行き来し、長野の農家から小麦を買い付けて自ら製粉し、東京へ運んで焼き上げている。西大井の店舗は週3日のみ営業(木・金・土。金曜は予約受け取りのみ)で、長野や各地のマーケット出店も含めると、月の営業日数は平均15、16日。仕入れ・製粉・仕込みなど実働日数は約22~23日となる。

商品はフランス式の田舎パン7、8種類のみ。すべて白井氏一人でこなし、人件費はゼロ、家賃もゼロだ。日本のベーカリーでは幅広い客層に対応するため50~60品目を揃えるのが一般的で、「それでやっていけるのか?」とよく聞かれるという白井氏だが、彼が実感しているのは、「このパンでなければダメだ」と思い込むファン層が一定数存在し、リピート率が高いということだ。客層は健康志向、ナチュラル志向、ヨーロッパ志向の三タイプに分けられ、いずれも全粒粉の田舎パンを日常の主食としている人々だという。最近では戸越銀座「NOG COFFEE」、蔵前「REFRESH STAND」、長野市「珈琲アウラ」といったカフェにも卸し始めており、オープンサンドとして提供されている。

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

白井氏の師匠は、広島「タルマーリー」ならぬ「ドリアン」の田村陽至氏で、「捨てないパン屋」、ロス・ゼロを追求する経営で知られる人物だ。田村氏はかつて白井氏にこう戒めたという。「デザインしようとするな。自分の理想の味を作るために粉をブレンドしようとするな」。白井氏はこの言葉によって、長野の地元産の小麦を使い、目の前にあるものを活かすことこそが自分自身の個性なのだと気づいたという。長野の「信州森フェス」「アースデイin佐久」、東京の「ファーマーズマーケット」「さくらパンまつり」といった定番のマーケット出店に加え、地元の若い世代が立ち上げる小規模なイベントにもあえて参加している。例えば長和町和田宿で今年11月15日に開催される「ナワメマーケット」もその一つだ。彼が思い描く将来像は、長野に薪窯を築き、長野の薪で長野の麦を焼くこと。西大井は資金が足りるまでの過渡的な拠点にすぎない。開業からまもなく2年、生活の重心を徐々に長野へ移しつつ、東京での販売も継続していくつもりだという。

湯種師傅與極簡麵包店:東京兩種「技術×個性」經營解法

杉窪章匡氏は講座の最後にこう語った。これからの飲食店は「変形」できることが不可欠だ、と。コロッケパンが売れれば単品で売り出す、夏場に売れなければかき氷を売る、あるいは思い切って夏休みにして冬に稼ぐ——状況とニーズに合わせて柔軟に変化していく。ただしこの柔軟性には一つの前提がある。「技術×個性」という軸だけはブレさせてはいけない、ということだ。そうでなければ、客はその店が一体何の店なのか分からなくなってしまう。ドゥイストは湯種技術を複製可能・輸出可能な体系に仕立て上げ、テンパーニュはミニマルさと地域性を唯一無二の日常に落とし込んだ。両者に共通するのは、この一本の軸だけである。

ドゥイストは東京都渋谷区笹塚3-12-5ホワイトハウスにあり、営業時間は10:00~19:00、定休日は月曜・火曜。テンパーニュは東京都品川区二葉3-28-1にあり、木曜・土曜12:00~17:00営業、金曜は予約受け取りのみ。実際の営業日はSNSでの告知を要確認。